嵐の3家族旅行記 その2
2003年8月10日■9日の続き■
事前に、子ども達の機嫌、体調は
三人三様。
他の家族に気を遣って、
無理したりしたら、お互い悶々しちゃったり、
余計気にしたりして
楽しめないからって。
団体行動だけど、ライブ中だけは
お互い割り切って、各家族で
判断して、早めに切り上げるなり、
途中抜けするなりしよう!って約束した。
ライブは堪能したいけど、
やっぱり、子連れ。
諦めるときは潔く諦めないと・・・。
1家族は、身体が冷えてきてるからって
7時半に上がって行った。
温泉で温まるって。
私達も一旦、6時半にホテルに戻って
一度、着替えさせて、暖を取って
30分くらいその辺遊ばせて
後半戦に備える事にした。
親馬鹿だけど、
ホント音楽好きの我が家の娘だけあって、
前の姐さん方の振りに合わせて
両手を上下に振ったり、
手拍子したり、曲に合わせて横揺れしたり。
この太なりに楽しんでくれたと思ってます。(汗)
それでも、2家族で
アンコール前に会場を後にして、
歩きながら、アンコールを聞いて
3キロ先のホテル目指しました。
約10キロのこの太をダーちんと
かわりばんこに抱っこしたんだけど、
シートや、バスタオルが雨に濡れて水分あるもんだから、
この太とほぼ変わらぬ重みなの。(泣)
この太でも、荷物でも重いのには
変わらずだし、ゆるいけど坂だから
アキレス腱がパンパンだったけど。
”あの夏の花火”って曲が最後で
花火がたくさん、上がったのを
立ち止まっては見て、歩いて、
また立ち止まっては見て・・・。
ちょうど、ホテルが見えたところで
ライブも終わった。
当初は”暑い夏の夜に夕涼みがてらの熱いライブ”
を想像してたんだけど、
まったく逆ですごいことになっちゃったけど、
これはこれで思い出に出来るさ。
誰も風邪引かなかったし。
終わりよければ、すべて良しとするさ。
(”ライブ”に関しては・・)
ホテルに着いたら、
ちょうど、温泉上がりのT家とエレベーターで会い、
遅いバイキング夕食で待ち合わせ。
私達もシャワー浴びて、夕食へ向かう。
今度は、みんなでビールで乾杯して、
和やか〜に食す。
カニとかあって、結構豪華なバイキングでした。
「明日、どーする〜!?」なんて話して
T家族だけは、もう1泊する予定で
最初から出て来てるが、
我々も、この雨でリゾート内のアトラクションが
出来ないし、もう1泊でもして、
観光しようかー!なんて話していた。
この時点では、かなりお気楽極楽でした。
この太がグズり出したので、
お先に失礼。
理由はおねむさ。
んが!部屋に入った途端、
靴も脱がない。泣いてドアを指さす。
これ・・・この光景どこかで・・・!!!
そう。病院さ。(泣)
ベッドがメインのホテルの1室。
長い廊下。
この太の頭の中には、あの入院生活が
蘇ったんだろうね。
廊下で揺すって寝せろって事なのさ。
案の定、廊下に出ると泣き止んで、
ワタス・・10往復ほどしました。(涙)
アキレス腱が・・・(号泣)
途中で警備員に怪しい目で見られ、
「我が子っすよ!」と心で叫び、
揺すり揺すり、ねんねこよぉーーーー。
睡魔は来てたから、10往復で
済んで良かった。(切実)
寝た頃、部屋の前に行ったら
ダーちんが締めだし食ってて
ドア前でたたずんでました。
それぞれ、ツインを取ってたので
皆、自室に戻ったり、温泉入ったりで
その後は、どうなったかわかんない。
我が部屋で”人生ゲーム”が
寂しそうにしておりました。
っつーか、マジ邪魔!!
12時頃、我々も
意識を無くしてしまいました。
■10日■
ドアをノックする音がするような気がするので
目が覚めた。
気がするだけじゃなく、ノックされてる。
時計を見ると5時半。
誰じゃい!
と思って、ダーちんを起こす。
部屋に入って来たのはSマン(Sパパ)。
お陰でこの太も起床。
(くぅーーーー!泣)
ライブで上がった雨だったが、
普通に降ってた。
まさに”普通”にだったので
台風は逸れたんだと思ってた。
だから、脳天気に寝ていた。
しかし、台風は、
このライブ会場にはかすった程度だったようだが
我々の地元には、直撃していたらしいのだ。
Sマンの携帯に朝5時に地元の関係者から
連絡が入ったのだ。
大変なことになっていると。
それで慌てたSマンは、
すでに着替え、車もホテル前に横付けし、
すぐ出発できる状態だったのだ。
彼ね・・・わかるけど、
ホント、猪突猛進っつーか、
思い立ったら吉日っつーか、
後先考えずに突っ走るっつーか、
責任感からだろうけど、俺が行かないで
誰が行く!っつーか、
とにかく、帰るっつったら、帰る!になってんの。
で、私は冷静に言ったさ。
「待って。もしかしたら、そんな状態なら
道路だってどうなってるか、わかんないじゃん。
(この時点でやっとテレビを着けたけど、
台風情報はやってなかった)
下手に慌てて出発して、私達まで
事故にあったらどうするの?通行止めで
廻り道させられたり、足止め食らったら
時間のロスだよ?
ちゃんと安全に帰路に着く事だって、
考えてもらわなくちゃ困る。
それに、戻ったら、いつ食事が取れるか
だってわかんない。
ちゃんと食べるもの食べて、
出発しないとダメだよ!!」ってね。
それでSマンも少し考えて、
「正論だな」
ってさ。
それから、ダーちんも職場に連絡して
上司にどうしたらよいか指示を仰ぐ。
次に道路情報に確認。
案の定、昨日来た道はすべて通行止め。
もう1つのルートの峠も通行止め。
6時の段階では、
私達は帰る手段が閉ざされてた。
次の道路情報が7時に更新になるので
それまで帰る準備やら、身支度やらして
過ごす。
7時に更新された情報を聞くと
K峠が開通したようで、そっちルートで
帰れそうだという事になった。
本来なら、水族館とか観光してから
帰ろうってくらいの話だったし、
それでもし、遅くなったらもう1泊!?
なんて話してた事は
水となって消えました。
でも、しかたない話。
ダーちん達は、そういう仕事なんだから、
責任があるんだもん。
東に向かうには、そのルートしか
なくなったため、
道路は結構渋滞してた。
加えて、子ども達が車の中ばかりなので、
かなり飽きてきてしまって、
お互いの車を確認すると暴れてるのが
目に入る。
トイレタイムと一緒に、
少し遊ばせてあげたりしたので
余計時間が掛かってしまった。
道中何度か、連絡を取りながら
暗くなる前にやっと地元へ。
荷物も下ろさず、ダーちんは現場へ
行ってしまった。
遠回りで7時間も運転で疲れただろうし、
現場はどんなことになってるか
わかんないから、待ってる方もすごく不安だった。
こうして、怒涛の家族旅行が終わった。
すごい疲れた。
事前に、子ども達の機嫌、体調は
三人三様。
他の家族に気を遣って、
無理したりしたら、お互い悶々しちゃったり、
余計気にしたりして
楽しめないからって。
団体行動だけど、ライブ中だけは
お互い割り切って、各家族で
判断して、早めに切り上げるなり、
途中抜けするなりしよう!って約束した。
ライブは堪能したいけど、
やっぱり、子連れ。
諦めるときは潔く諦めないと・・・。
1家族は、身体が冷えてきてるからって
7時半に上がって行った。
温泉で温まるって。
私達も一旦、6時半にホテルに戻って
一度、着替えさせて、暖を取って
30分くらいその辺遊ばせて
後半戦に備える事にした。
親馬鹿だけど、
ホント音楽好きの我が家の娘だけあって、
前の姐さん方の振りに合わせて
両手を上下に振ったり、
手拍子したり、曲に合わせて横揺れしたり。
この太なりに楽しんでくれたと思ってます。(汗)
それでも、2家族で
アンコール前に会場を後にして、
歩きながら、アンコールを聞いて
3キロ先のホテル目指しました。
約10キロのこの太をダーちんと
かわりばんこに抱っこしたんだけど、
シートや、バスタオルが雨に濡れて水分あるもんだから、
この太とほぼ変わらぬ重みなの。(泣)
この太でも、荷物でも重いのには
変わらずだし、ゆるいけど坂だから
アキレス腱がパンパンだったけど。
”あの夏の花火”って曲が最後で
花火がたくさん、上がったのを
立ち止まっては見て、歩いて、
また立ち止まっては見て・・・。
ちょうど、ホテルが見えたところで
ライブも終わった。
当初は”暑い夏の夜に夕涼みがてらの熱いライブ”
を想像してたんだけど、
まったく逆ですごいことになっちゃったけど、
これはこれで思い出に出来るさ。
誰も風邪引かなかったし。
終わりよければ、すべて良しとするさ。
(”ライブ”に関しては・・)
ホテルに着いたら、
ちょうど、温泉上がりのT家とエレベーターで会い、
遅いバイキング夕食で待ち合わせ。
私達もシャワー浴びて、夕食へ向かう。
今度は、みんなでビールで乾杯して、
和やか〜に食す。
カニとかあって、結構豪華なバイキングでした。
「明日、どーする〜!?」なんて話して
T家族だけは、もう1泊する予定で
最初から出て来てるが、
我々も、この雨でリゾート内のアトラクションが
出来ないし、もう1泊でもして、
観光しようかー!なんて話していた。
この時点では、かなりお気楽極楽でした。
この太がグズり出したので、
お先に失礼。
理由はおねむさ。
んが!部屋に入った途端、
靴も脱がない。泣いてドアを指さす。
これ・・・この光景どこかで・・・!!!
そう。病院さ。(泣)
ベッドがメインのホテルの1室。
長い廊下。
この太の頭の中には、あの入院生活が
蘇ったんだろうね。
廊下で揺すって寝せろって事なのさ。
案の定、廊下に出ると泣き止んで、
ワタス・・10往復ほどしました。(涙)
アキレス腱が・・・(号泣)
途中で警備員に怪しい目で見られ、
「我が子っすよ!」と心で叫び、
揺すり揺すり、ねんねこよぉーーーー。
睡魔は来てたから、10往復で
済んで良かった。(切実)
寝た頃、部屋の前に行ったら
ダーちんが締めだし食ってて
ドア前でたたずんでました。
それぞれ、ツインを取ってたので
皆、自室に戻ったり、温泉入ったりで
その後は、どうなったかわかんない。
我が部屋で”人生ゲーム”が
寂しそうにしておりました。
っつーか、マジ邪魔!!
12時頃、我々も
意識を無くしてしまいました。
■10日■
ドアをノックする音がするような気がするので
目が覚めた。
気がするだけじゃなく、ノックされてる。
時計を見ると5時半。
誰じゃい!
と思って、ダーちんを起こす。
部屋に入って来たのはSマン(Sパパ)。
お陰でこの太も起床。
(くぅーーーー!泣)
ライブで上がった雨だったが、
普通に降ってた。
まさに”普通”にだったので
台風は逸れたんだと思ってた。
だから、脳天気に寝ていた。
しかし、台風は、
このライブ会場にはかすった程度だったようだが
我々の地元には、直撃していたらしいのだ。
Sマンの携帯に朝5時に地元の関係者から
連絡が入ったのだ。
大変なことになっていると。
それで慌てたSマンは、
すでに着替え、車もホテル前に横付けし、
すぐ出発できる状態だったのだ。
彼ね・・・わかるけど、
ホント、猪突猛進っつーか、
思い立ったら吉日っつーか、
後先考えずに突っ走るっつーか、
責任感からだろうけど、俺が行かないで
誰が行く!っつーか、
とにかく、帰るっつったら、帰る!になってんの。
で、私は冷静に言ったさ。
「待って。もしかしたら、そんな状態なら
道路だってどうなってるか、わかんないじゃん。
(この時点でやっとテレビを着けたけど、
台風情報はやってなかった)
下手に慌てて出発して、私達まで
事故にあったらどうするの?通行止めで
廻り道させられたり、足止め食らったら
時間のロスだよ?
ちゃんと安全に帰路に着く事だって、
考えてもらわなくちゃ困る。
それに、戻ったら、いつ食事が取れるか
だってわかんない。
ちゃんと食べるもの食べて、
出発しないとダメだよ!!」ってね。
それでSマンも少し考えて、
「正論だな」
ってさ。
それから、ダーちんも職場に連絡して
上司にどうしたらよいか指示を仰ぐ。
次に道路情報に確認。
案の定、昨日来た道はすべて通行止め。
もう1つのルートの峠も通行止め。
6時の段階では、
私達は帰る手段が閉ざされてた。
次の道路情報が7時に更新になるので
それまで帰る準備やら、身支度やらして
過ごす。
7時に更新された情報を聞くと
K峠が開通したようで、そっちルートで
帰れそうだという事になった。
本来なら、水族館とか観光してから
帰ろうってくらいの話だったし、
それでもし、遅くなったらもう1泊!?
なんて話してた事は
水となって消えました。
でも、しかたない話。
ダーちん達は、そういう仕事なんだから、
責任があるんだもん。
東に向かうには、そのルートしか
なくなったため、
道路は結構渋滞してた。
加えて、子ども達が車の中ばかりなので、
かなり飽きてきてしまって、
お互いの車を確認すると暴れてるのが
目に入る。
トイレタイムと一緒に、
少し遊ばせてあげたりしたので
余計時間が掛かってしまった。
道中何度か、連絡を取りながら
暗くなる前にやっと地元へ。
荷物も下ろさず、ダーちんは現場へ
行ってしまった。
遠回りで7時間も運転で疲れただろうし、
現場はどんなことになってるか
わかんないから、待ってる方もすごく不安だった。
こうして、怒涛の家族旅行が終わった。
すごい疲れた。
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