明け過ぎちゃっておめでとう。PART1
2003年1月4日キーーッ!!
すごい年末年始を送りました。
精神的にも肉体的にもすっかりやられました。
母として成長した部分もあったと自負しますが、
もぉーーたまりにたまったウップンと愚痴と
出来事の数々を吐かせて頂きます。
”話は30日の午後に遡ります”
↓の日記で愚痴ったバツか、
午後からこの太が急に発熱。
ぐったりとし始めた。
初めての発熱なのだが、結構デンとかまえていた私。
最初の熱はその子の熱の出方や機嫌の悪さなんかが
よくわかるから、まずはしっかりこの太の状態を
把握しないとね。なんて
思いながら、熱以外に症状もないので
”突発性発疹”も頭に入れていたせいもあるけど。
ここで明日31日の年越しを考えると
どう考えてみても例え熱が下がっても
義両親宅へは行けないなーと思ってました。
最悪、熱が下がれば来ていただいても・・・
なんても思ったけど、
行く気でいたので、買い物も必要最低限だし、
この太も人がいるとはしゃぐので
やっぱり年越しは勘弁だな〜と思い、
ダーちんと相談して、
明日は義両親宅へは伺わないことにしてその旨電話してもらった。
ま、とんちんかんな義母なので
この太の症状よりも
「用意した食材はどうしようか」とほざいていたらしいけどね。
ややしばらくして、義父から電話。
「病院へつれていけ」とな。
でもね。厳寒の北海道の夜で
もう診察時間はとうに終わってるし、
救急夜間は9時からだし、
逆に外に出す方が逆効果じゃないかと思われるので
「もう少し様子を見てから考えます」
と言う返答に電話は「ガチャン!!」と切れました。
8時に40度の数字を見たので、
結局救急夜間に行ってきたんだけどね。
念のために。
のどが少し赤いから風邪だろうって
言われたけど、ほんと咳も鼻水も出てないので
不思議です。
座薬を入れられて少し熱が下がったんだけど、
夜中は目がさめるたびに泣くし、
着替えすれば替えの下着やパジャマの数が少ないので
すぐ洗濯だしで、ほとんど寝ずに過ぎました。
今まで病気知らずだったことで
一番楽をさせてもらったのは私だったんだと
知りました。ありがとう、この太。
そんなこんなで明けて31日大晦日。
朝から38度5分以上で
この太はうなっています。
かわいそうに。
朝、義母から電話が来て
やっぱり話題は年越し食事のこと。
なんとかダーちんだけでも食べにこいって
うるさいので、行かせました。
電話では私のために何か持たせるからって
言ってたけど、帰ってきたダーちんは
ウーロン茶と漬物(私は漬物嫌いです)だけでした。
別にいいけど。
ダーちんも「食いに来いって言う割には
賞味期限ぎりぎりで買った半額シールの刺身と
鍋だった」と申しておりました。
余談ですが、私は結婚して8年。
何度も”寿司はさびぬきじゃなくちゃ食えない。
刺身類は貝類しかだめで魚はだめ”と
アピールしてますが、1度たりとも
その好き嫌いに反応した食事は頂けません。
好き嫌い多くてごめんね。
行っててもまた食べられなかったじゃん。(涙)
結局、閉店ギリギリのスーパーに
駆け込んで年越しらしい食料を買って
(人の足元みたような値段で・怒)
この太の看病をダーちんとかわりばんこで
しながら、食事を作り、
2人で交代でかっこむ年越し夕食になりました。
夕食頃にまた2度目の40度を記録したので
座薬のお世話になり、
その日も寝ては起き、着替え、泣くの除夜の鐘でした。
元旦の朝は37度台だったので
少し元気になり、2日ぶりに自力で歩こうとしてましたが、
身体が弱っているのでフラフラしてました。
でも、遊びたくなってるのでほんと元気になりました。
30日から2時間おきに
実家の母から「どう?」って電話が来ていて
ほとほとうんざり。
心配してくれない人もいれば、心配しすぎる人もいる。
どっちもどっちです。
「どう?」って聞かれても「まだ熱あるよ」
とかしか答えられないし、
2時間やそこらでそうそう事態は進展するわけない。
普段は神経質になりすぎてもいやなので
電話の音やテレビの音を気にしないで昼寝するように
してたけど、さすがに熱あるときに
せっかく寝たなーと思ったら電話がなると
ほんとムカッときます。
加えて、こっちもようやくウトウトできたのに
電話で起こされる。
寝不足と疲れで電話グチでもトゲトゲしくなるし、
母は母で「心配してやってるのに」
くらいの気持ちだしでいらぬ神経使います。
結局、そんなに心配なら見にくれば?
というと昼から巻き寿司やらいなりやら
サラダやらを作って持ってきてくれました。
それは助かった。
この太の相手してくれたので
その間に食事ものんびりできたし。
こういうお世話は大歓迎です。
結局1日は熱は37度より上がらずで
安心していて、やっと今日からは
ゆっくり寝れるぞー!
と思っていたら、
入院していた妹からの電話です。
妹旦那が病院に見舞いに来たんだけど、
熱が出てきて吐くし、足は痙攣しておかしいって。
救急夜間に9時になったら行くつもりだけど
明日退院するときに迎えに来てもらえそうにもないから
実家の母に頼みたいけど、電話出ないとな。
救急夜間に行くってあんたのいる場所は病院でしょ?
ってことで、事情話してみてもらったら?
って言って母に携帯で連絡取って。
やれやれ。ほんとに年末年始病院好きな家族じゃ。
と思っていたら、
母から電話。
「ちょっと!!!
主治医に診てくれって言ったらだめって断られたんだって!!
んで、看護婦に”どうしてそんなひどいことできるんだ!?なんかあったらどうするつもりですか?!”って言ったらやっと診てくれて今点滴受けてるんだよ」
って。
なんじゃそら。
道端に倒れてる人を見捨てる医者がいていいのか?
一般人だって「なんとかしてあげれないだろうか?」と思うだろうに、
なんで医者が見捨てるんだよ。
しかも結局点滴受けなくちゃ行けないような
症状なのにさー。
そんなんでまた12時過ぎまで
経過報告の電話が頻繁に入り、
この日も結局ゆっくりとは過ごせなかった。(涙)
長くなったので続きます。
すごい年末年始を送りました。
精神的にも肉体的にもすっかりやられました。
母として成長した部分もあったと自負しますが、
もぉーーたまりにたまったウップンと愚痴と
出来事の数々を吐かせて頂きます。
”話は30日の午後に遡ります”
↓の日記で愚痴ったバツか、
午後からこの太が急に発熱。
ぐったりとし始めた。
初めての発熱なのだが、結構デンとかまえていた私。
最初の熱はその子の熱の出方や機嫌の悪さなんかが
よくわかるから、まずはしっかりこの太の状態を
把握しないとね。なんて
思いながら、熱以外に症状もないので
”突発性発疹”も頭に入れていたせいもあるけど。
ここで明日31日の年越しを考えると
どう考えてみても例え熱が下がっても
義両親宅へは行けないなーと思ってました。
最悪、熱が下がれば来ていただいても・・・
なんても思ったけど、
行く気でいたので、買い物も必要最低限だし、
この太も人がいるとはしゃぐので
やっぱり年越しは勘弁だな〜と思い、
ダーちんと相談して、
明日は義両親宅へは伺わないことにしてその旨電話してもらった。
ま、とんちんかんな義母なので
この太の症状よりも
「用意した食材はどうしようか」とほざいていたらしいけどね。
ややしばらくして、義父から電話。
「病院へつれていけ」とな。
でもね。厳寒の北海道の夜で
もう診察時間はとうに終わってるし、
救急夜間は9時からだし、
逆に外に出す方が逆効果じゃないかと思われるので
「もう少し様子を見てから考えます」
と言う返答に電話は「ガチャン!!」と切れました。
8時に40度の数字を見たので、
結局救急夜間に行ってきたんだけどね。
念のために。
のどが少し赤いから風邪だろうって
言われたけど、ほんと咳も鼻水も出てないので
不思議です。
座薬を入れられて少し熱が下がったんだけど、
夜中は目がさめるたびに泣くし、
着替えすれば替えの下着やパジャマの数が少ないので
すぐ洗濯だしで、ほとんど寝ずに過ぎました。
今まで病気知らずだったことで
一番楽をさせてもらったのは私だったんだと
知りました。ありがとう、この太。
そんなこんなで明けて31日大晦日。
朝から38度5分以上で
この太はうなっています。
かわいそうに。
朝、義母から電話が来て
やっぱり話題は年越し食事のこと。
なんとかダーちんだけでも食べにこいって
うるさいので、行かせました。
電話では私のために何か持たせるからって
言ってたけど、帰ってきたダーちんは
ウーロン茶と漬物(私は漬物嫌いです)だけでした。
別にいいけど。
ダーちんも「食いに来いって言う割には
賞味期限ぎりぎりで買った半額シールの刺身と
鍋だった」と申しておりました。
余談ですが、私は結婚して8年。
何度も”寿司はさびぬきじゃなくちゃ食えない。
刺身類は貝類しかだめで魚はだめ”と
アピールしてますが、1度たりとも
その好き嫌いに反応した食事は頂けません。
好き嫌い多くてごめんね。
行っててもまた食べられなかったじゃん。(涙)
結局、閉店ギリギリのスーパーに
駆け込んで年越しらしい食料を買って
(人の足元みたような値段で・怒)
この太の看病をダーちんとかわりばんこで
しながら、食事を作り、
2人で交代でかっこむ年越し夕食になりました。
夕食頃にまた2度目の40度を記録したので
座薬のお世話になり、
その日も寝ては起き、着替え、泣くの除夜の鐘でした。
元旦の朝は37度台だったので
少し元気になり、2日ぶりに自力で歩こうとしてましたが、
身体が弱っているのでフラフラしてました。
でも、遊びたくなってるのでほんと元気になりました。
30日から2時間おきに
実家の母から「どう?」って電話が来ていて
ほとほとうんざり。
心配してくれない人もいれば、心配しすぎる人もいる。
どっちもどっちです。
「どう?」って聞かれても「まだ熱あるよ」
とかしか答えられないし、
2時間やそこらでそうそう事態は進展するわけない。
普段は神経質になりすぎてもいやなので
電話の音やテレビの音を気にしないで昼寝するように
してたけど、さすがに熱あるときに
せっかく寝たなーと思ったら電話がなると
ほんとムカッときます。
加えて、こっちもようやくウトウトできたのに
電話で起こされる。
寝不足と疲れで電話グチでもトゲトゲしくなるし、
母は母で「心配してやってるのに」
くらいの気持ちだしでいらぬ神経使います。
結局、そんなに心配なら見にくれば?
というと昼から巻き寿司やらいなりやら
サラダやらを作って持ってきてくれました。
それは助かった。
この太の相手してくれたので
その間に食事ものんびりできたし。
こういうお世話は大歓迎です。
結局1日は熱は37度より上がらずで
安心していて、やっと今日からは
ゆっくり寝れるぞー!
と思っていたら、
入院していた妹からの電話です。
妹旦那が病院に見舞いに来たんだけど、
熱が出てきて吐くし、足は痙攣しておかしいって。
救急夜間に9時になったら行くつもりだけど
明日退院するときに迎えに来てもらえそうにもないから
実家の母に頼みたいけど、電話出ないとな。
救急夜間に行くってあんたのいる場所は病院でしょ?
ってことで、事情話してみてもらったら?
って言って母に携帯で連絡取って。
やれやれ。ほんとに年末年始病院好きな家族じゃ。
と思っていたら、
母から電話。
「ちょっと!!!
主治医に診てくれって言ったらだめって断られたんだって!!
んで、看護婦に”どうしてそんなひどいことできるんだ!?なんかあったらどうするつもりですか?!”って言ったらやっと診てくれて今点滴受けてるんだよ」
って。
なんじゃそら。
道端に倒れてる人を見捨てる医者がいていいのか?
一般人だって「なんとかしてあげれないだろうか?」と思うだろうに、
なんで医者が見捨てるんだよ。
しかも結局点滴受けなくちゃ行けないような
症状なのにさー。
そんなんでまた12時過ぎまで
経過報告の電話が頻繁に入り、
この日も結局ゆっくりとは過ごせなかった。(涙)
長くなったので続きます。
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